

♪「涙そうそう」の歌詞にある、『一番星』。
ぱん君は私にとっての一番星です。いつも傍にいてくれました。私にとっては子というより
相棒でした。2002年、6歳になって間もなくのクリスマスの日の朝、サンタさんと一緒に空へ旅立ちました。
ベビーをショップに注文して、1997年1月14日、ショップに来て間もなくのベビーフェレを連れて帰りました。 くまどりのはっきりした子がいいと思い、2匹いたセーブルの色の濃い方の子にしました。小さい熊の子みたいでした。 証明書はありましたが、誕生日は書かれていませんでした。’96年12月1日くらいを誕生日と思っています。生まれた所が パスバレーファームというのも、しばらくは分らりませんでした。
セーブル、鼻黒、くまどりはっきり。
抱っこフェレ、まったりフェレ。1歳くらいまでは知らない人は時々噛んでいました。1歳になって
不思議なほどにいきなり落ち着きが出て、身体の調子が悪いのではと思ったほどでした。
そして、噛まなくもなりました。(親バカですが)人の言葉や状況がよく分って、感情表現もはっきり
していました。中に人間が入っていました。
私にとって初めてのフェレット。当時まだ岡山では珍しく、飼ってる人は少なかった(と思われます)。 いろんなことを教わりました。
一人っ子が長く、他のフェレットが大の苦手でした。人間は大好きで、誰にもフレンドリーでした。 5歳になる少し前、ぽち太が来ました。フェレ嫌いだったのに、ぽち太は仲良しの大切な弟になりました。 ぽち太は、ぱん兄ちゃんの真似っこで育ちました。今はそのぽち太を、ぷくぷくが 真似しています。
全体としては大病もせず、元気でした。異食もなかったです。ちょこちょこ、いろいろありましたが・・・・。 お腹をこわす、下痢、インフルエンザ、外に行ってノミ・ダニがついた(お風呂で発見)。年をとってから白内症 になりました。
5歳を過ぎて、インスリノーマを発見。
少しずつ脱毛があったものの、季節的な毛替わりだろうか・・・と思っていました。他には元気でしたし、生活上の症状
はとくにありませんでした。高齢ということ、脱毛があるから念のためということで検査をし、血糖値が低かったのです。
病気が分ってからも、おじいちゃんなりに元気で、よく食べ、よく出し、遊び、お散歩好きも変わりませんでした。服薬を
続け、食事やサプリメントに配慮しました。副腎もあったかとも思われましたが、脱毛以外の症状はなかったです。ただ、脱毛は
ひどくなる一方でした。亡くなる1ヶ月前、初めて発作があり、それは大きな発作でした。それからは、だんだん悪くなり、食事も大変でしたが、
良い日もありました。
思い出はいっぱいいっぱいありすぎるね。書ききれないほどの、楽しい思い出、そして そばにいてくれてありがとう。いなくなっても、続いているよ。